「わかる」という字は、
漢字で「分かる」と書くこともある。

つまり、人は「分ける」ことで、
なにかしらを「わかる」ことができるのだ。

あなたの朝ごはんはお米が多いですか?
それともパンが多いですか?
それともちがうもの?

たとえば、朝ごはんは
「お米派」なのか、「パン派」なのか、
または「どちらでもない派」で分けることで、
その人や、その人の暮らしや考え方の
断片を理解することができる。

だから、人間は出身国や、肌の色、住む地域
なんかを分けて、その人を理解しようとする。

人間は差異によって理解する生き物だから、
それ自体はわるいことじゃないんだけど、
そこにあるおおざっぱで、
勝手なイメージをもつのはよくないよなあ。

そういう考えのもとになったのは、
コロンビアのメデジンでエスパニョール図書館を
観に行ったときのことが関係する。

この図書館は、丘の上の貧困地域にあり、
ロープウェイを使って行くことができる。
貧困地域で治安もよろしくないと
WEBサイトなんかの情報を見ていたので、
ひとりではなく、仲よくなった
コロンビア人と日本人の女の子と一緒に行った。

どんな危ない人がいる場所なんだろうと
思いながら、駅に着くと、改札口の前には
食事できるようなお店もあってにぎわっている。

図書館に向かって少し歩いていると、
たしかに人が横になっていて、
雰囲気のよくないところもある。

片隅にある小さな公園には、片方、
鎖がはずれたままのブランコなんかもあって、
また治安のわるそうな雰囲気を演出する。

残念ながら、エスパニョール図書館は
丘の端っこにつくりすぎて危険なため、
2019年まで工事中だという。
黒い布に覆われていて、入ることができなかった。

図書館の帰り道、家から顔を出している
おじさんとおばさんに「Hola」と挨拶すると、
「お茶でも飲んでくか?」と声をかけてくれた。

あれ、貧困地域で、治安わるいって、
聞いてた場所なのに、
こんな人たちもいるんだ。
そう思ってしまった。

「貧困地域に住む人」=「危ない人ばかり」
っていうレッテルを勝手にもっていたのだ。

いい国という場所にも、わるい人はいるし、
わるい国という場所にも、いい人はいる。

「ここの国の人はこうだよね」という
おおざっぱな考えは、世界を理解するのに
便利で、使いやすいんだけど、
できるだけ、目の前にいる、
人という最小単位で判断しようとぼくは思う。
特に、わるいレッテルに気をつけたい。

これ、けっこう、むつかしいんだけどね。

人だって、会ったその日のコンディションで
調子よくないこともあるしね。

それでは、今日も、明日も、明後日も、いい1日を。
個人という英語「individual」は分けられないって意味。

このときの場所/コロンビア メデジン
現在地/ブラジル サンパウロ

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