アゼルバイジャンのバクーに育つ木々は、
Michael Jacksonの『Smooth criminal』の
直立不動で斜めになるダンスパフォーマンス
のように土から生えている。
さすが、ペルシア語で「風の街」を意味する
首都のバクー、風がつよいんだね。
そんな木々の生えている歩道を掃除している
おばちゃんが使っていた箒(ほうき)を見て、
「そういえば、そうだったよね」と
ほんの小さなことに気づいた。
ほんとう大したことではないのだが、
箒が植物でできていることだ。
そんなの当たり前じゃないかと、
言うかもしれないけど、
ぼくはその当たり前とやらをどうやら忘れていた。
まるいシルエットのおばちゃんがもつ箒には
穂のようなものが付いていて、
日本の箒よりも植物感が強いのだ。
日本の箒はきれいに整えられているためか、
箒が植物でできたものじゃなくて、
あたかも最初から箒だったかのような顔をしてる。
以前、スーパーやお家で、切り身や開きの
かたちでしか魚を見たことのない子どもが、
切り身や開きの状態で海や川を泳いでいると
思っていると聞いたことがある。
30手前にして、それに近い感じだ。
自分が1から10までやらなくていい時代。
とても便利でいて効率的である一方、
なにか、すぽっと抜け落ちている部分がある。
1から10まで自分でやる時代は、
自分で魚を捕まえる方法を考え、
魚を捕まえるための道具をつくり、
魚の生態を踏まえて海や川で魚を捕まえ、
魚を食べられるかたちに調理をして、
魚を食べる。
でも今は魚を買って、魚を食べる。
2珩もいらないほど簡単なのだ。
誰かのちからを借りて、間にあるものを
省略することはわるいことじゃないけど、
すっぽ抜けた代償のようなものとして、
自分の頭がすっとぼけているような。
それでは、今日も、明日も、明後日も、いい1日を。
あなたが忘れてた間にあるものは何でしょう?
このときの場所/アゼルバイジャン バクー
現在地/トルコ イスタンブール
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