過去に、電車のつり輪や手すり、
ジェットコースターの手すりを掴んでいて、
異常に手が疲れた経験はないですか?
ぼくは、あります。

キーカーカーの海でシュノーケリングを
するために船で移動していたとき、
船のいちばん前に座っていて、
けっこうスピードをあげるもんだから、
手すりをギュッと握りつづけていた。

波ではねる船で1時間も強く掴んでいると、
手が疲れてきて、握力が弱くなる。
手が疲れたので手を手すりから離してみると、
「あれ、そんな強く握る必要なかったんだ」
と気がついた。

手を手すりから離しても、
意外にカラダは安定しているのだ。

電車のつり輪もそんなに強く握る必要はないし、
ジェットコースターの手すりも、
そんなに強く握る必要はない。

これは、手すりだけじゃなくて、
人間に対しても同じことが言えると思う。

好きな人をぎゅっと握りすぎて、
(精神的な話)疲れていないだろうか。

自分の子どもを、ぎゅっと握りすぎて、
疲れていないだろうか。

ほんとうに、
そんなに強く握る必要はあるのだろうか。
ちょっと手を離してみてはどうだろう。

ぎゅっと握りつづけてしまう理由は、
手すりも人間も一緒なんじゃないかな。
それは、自分が安定していないから。
自分の足で立つことができれば、
そんなに強く握る必要はない。

この考えは、WEBサイトの「comzine」で、
脳科学者の藤田一郎さんが話していたことに
似ているところがあるんじゃないかな。

藤田さんが言うには、人間の目は、
1秒間に2、3回、少しづつ動いていて、
それぞれピントの合った画像を合成して、
人間はくっきりとした世界を見ています。

目が動くことによって、網膜の細胞が
光を取り入れているんだけど、
逆に目を動かさないでいると、
世界が灰色に見えてしまう「順応」
という現象が起きてしまうらしい。

藤田さんの友だちは、山に登って、
大の字で快晴の空をながめていたら、突然、
空の色が灰色に変わってしまったのだという。
これは、網膜の光を取り入れる細胞が
同じものを見ていたせいで、順応が起きたのだと。

なにを言いたいのかわからないって?
なにかに強く依存しないでも、
自分の足で立てることに気がつくこと。
世界をカラフルに見るために動くこと。
そんなことが言いたかったんです。

それでは、今日も、明日も、明後日も、いい1日を。
あなたは何をぎゅっと握ってますか?それから手を離せますか?

このときの場所/ベリーズ
現在地/コロンビア ボゴタ

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