バラナシの火葬場」の階段に腰をかけていると、
火葬場の近くをボートで通る観光客が、
遺体が燃えている様子の写真をスマートフォンや
カメラで撮影しているのがわかる。

ぼくも朝、ボートに乗って川の方から
火葬場を見たとき、カメラで撮りたいなあ
という気持ちはたしかにあった。

今は、火葬場から川を見ていて、
撮らなくてよかったなあという気持ちだ。
それは、火葬場に座っていることで、
遺体の親族の視点で考えられるからだろう。
自分の親が亡くなったときに、
お願いをしてもいないのに、
知らない人が写真を撮影していたら、いやだ。

そんなあっちの立場を考えれば、
簡単にわかることを、川の上と火葬場という、
わずか10数メートルの隔たりがあるだけで、
つい忘れてしまう。

こっちの立場になれば、わかるだろうが、
という例に、誰かを否定して褒めるというのがある。

「あいつといたくないから、君といる」

これは、君を肯定しているようで、
ぜんぜん褒めていない。
言われた人の気持ちになってみたら
わかるだろうけど、言われて、うれしくないのだ。

「君といるとたのしいから、君といる」
そう言ってもらえたほうが、
君はうれしいにきまっている。

そんなことを、あっちは忘れてしまう。
常にこっちがあっちの気持ちを考えるのは、
簡単じゃない。
でも、気づいた時点で、できることはあると思う。

ずっと昔から言われている、
「やられて嫌だなあと思ことはしない、
やってもらってうれしかったことはする」
っていうのは、ただの本当だ。

と言いつつ、火葬場以外の写真は、
撮っちゃうんですけどね。

それでは、今日も、明日も、明後日も、いい1日を。
自分はあっちにもこっちにもなったりするよ。

このときの場所/インド バラナシ
現在地/バングラデシュ ダッカ

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